魅力ある自分づくり

2008年06月30日

気持ちを静める

「怒りは敵と思え」と言うことわざがあります。
腹を立てて、感情的になることは、人の反感を買い、冷静さを失います。
怒りは自らを滅ぼす敵と思い、慎まなければなりません。

TVを見ていると、ゲスト出演者が、
キャスターやコメンテーターなどから質問を受ける際、
質問の仕方や内容が好ましくないと、怒りを爆発させることがあります。

質問内容を冷静に受け止め、言葉を選んで応答すれば、
より良い結果が導かれていく場面なのに、残念に思えてならないのです。

キャスターやコメンテーターの質問の中身にも、
不適切なものや、お粗末なものが見受けられますから、
反発する気持ちは痛いほどよく分かります。

それでも、同じような場面で、対応の良い人は、
どのような質問にも、上手く答えて切り抜けていきます。

日常生活でも、怒り心頭に達することは沢山あります。
真意を知ろうとしないで、自分本位な考え方で応対されると、
気分を損なわれ、反発してしまいます。
説明しても理解されないと、冷静さを無くすのです。

そんなときは、少し視点や角度を変えて、相手に知識を与えてやると、
次第に真意が伝わっていきます。

時には、当然「相手は、こちらのことは分かっているはずだ」、
と言う気持ちを潜在的に持って、人と接することがあります。

分かっているかもしれないけど、
もう一度あらためて説明してやろう、と言う気持ちになることが大切です。
そして、相手の知識不足を補ってやるのです。

相手が自らの認識の甘さを悟れば、話の展開はぐっと変わってきます。

冷静さを失って、感情的になることが続くと、
周囲から敬遠されることになりかねません。
かっとなったら、一呼吸おき、冷静に言葉を選んで、対応することです。
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2008年06月27日

正しい現象を捉える

ある一面だけを見て行動すると、判断を見誤ることになりかねません。
しっかりと、正しい現象を捉えることが大切です。

事件事故が起こると、表面化した現象だけを捉えて、
批判が交わされますが、もっと根本的な問題に目を向け、
正しい事実を捉えて行かないといけないのです。
マスコミの報道を見ていて、そのことを痛切に感じます。

記者の情報の捉え方、問題意識の持ち方、現象の捉え方、
表面化した事実の奥に潜んでいる問題点の捉え方、
などが不十分である場合が多いといわざるを得ません。

既に人々の話題から遠ざかりつつある事件報道から、それを感じたのです。
問題発見能力が不足している、と言わざるを得ない状況を見たからです。

質問の仕方や内容を聞いていてそれがよく分かります。
正しい現象を捉えて、問題の奥に潜んだ諸悪の根源を、
しっかりと見通す能力を身に付けることが大切なのです。

これは、これまでの学校教育からは得がたい能力ですから、
自らの努力で身に付けていかなければならなりません。

先ずは、事実を如何に正確に把握し、知るかです。

翻って、日常生活上のことに関連して考えて見ると、表面上の印象だけで、
好い人だとか、問題を起すような人ではない、という捉え方をすると、
後で思い違いに気付き、ストレスが溜まることがあります。

特に、理性や精神力、判断力などは、見た目だけで見分けがつきません。
日頃の言動を、正しく捉えておかないと、
人の心の内面までは知りえないからです。

自分と関わりの深い人のことは、日頃からしっかりと見詰めて、
人物の正しい評価を、自分なりに持っておくことが大切です。
それによって対処の仕方を、上手くコントロールすることです。
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2008年06月24日

退路を断つ

将来の進むべき方向を定めたら、
自らの力で、その道を切り開いていく決意が必要です。

親かかりの生活を送っていると、何かあったときには、
親を頼って、家に駆け込むことを考えがちです。

親に頼ってはいけないわけではありません。
いざとなれば、親が子供の面倒を見ることは当然です。

それはそれとして間違いではありませんが、
一人の人間として、ある年齢に達し、独立を考えるのであれば、
万が一の時は、頼るという気持ちを捨てて、
あくまでも自分の力で歩んでいくことを、真剣に考えるべきです。

親に頼れる人と、頼れない事情がある人とを比較したら、
その人の対処の仕方は、明らかに違ってきます。

後者の場合は、自分の力で立ち上がっていかなければなりません。
何が何でも、前を向いて進んでいかなければ、生きていけないのです。

前に進むためには、
自分を変えていかなければならない状況になることもあります。

今までと同じやり方では、前に進めなくなることだってあるのです。

拘りを捨て、頭を切り替え、考え方を改めなければならない状況は、
長い人生に中で何回かは経験するでしょう。

受験、就職、転職など、決断しなければならない場面はあります。

外資系の会社に就職すれば、M&Aを繰り返されると、
自分の立場がなくなってしまうことだってあるのです。

自分の意思とは異なる方向に事態が進んだ場合、
どのような決断を下すかは、自らが決めなくてはなりません。

自分の意志で決めて臨むのであれば、退路を絶つくらいの覚悟が必要です。

人間は、お互いに助け合って生きているのですが、
どのような立場でも、言い訳をなくし、甘えをなくし、
厳しさを受け止めながら、責任ある行動を取ることです。
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2008年06月21日

気持ちを分かち合う

同じ悩みを持った人が集まって、
話す機会を得ることはとても大切なことです。

自分の体験を話すことで、他の人に好い影響を与えることが出来れば、
こんな素晴らしいことはありません。

お互いに気持ちを分かち合って、
より良い生活をもたらすことが出来るからです。

友達同志でも、近所付き合いでも、仕事仲間でも、
付き合いの中で、様々な影響を与え合っているわけですから、
与える側も、受ける側も、素直に相手の気持ちを受け入れ、
分かり合うことが大切です。

アメリカでは、ボランティア活動を通して、社会貢献を果たし、
人を思いやる気持ちを育んでいます。

助け合っていく社会作りは、地域の治安維持の観点からも、
高く評価されています。

人のために手を差し伸べて、自分の役割を果たしていくことは、
長い人生における貴重な体験です。

社会との関わりの中で、自主性が養われ、
地域社会の発展に寄与できるからです。

日本でも、若い人を中心に、ボランティア活動が盛んになり、
とても好ましい状況が作られつつあります。

特に災害発生時には、多くの人が支援に参加し、
人手のいる作業に、多くの人たちが積極的に関わっています。

支援の輪は国内に留まらず、世界各国で発生する、
様々な災害に及んでいます。

これらの動きを見ていると、言葉の違い、文化の違いを乗り越えて、
助け合いの精神が行き渡ってきたことを強く感じます。

行動力が伴えば、国境や言葉の壁を越えて、
気持ちを一つにすることができるのです。

一人一人の力は小さくても、前向きな行動力が、人々の心を支え、
より良い影響力を社会全体に与えていきます。

様々な行動を通して、『気持ちを分かち合う』心を養うことは、
人間形成をしていく上でも、とても大事なことです。
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2008年06月18日

可愛らしさ

褒めてあげたのに、素直に応じないと、
その相手に対して、「可愛くない」と言うことがあります。

半分は冗談ですが、好ましい表情で応じることも大切です。
そう、可愛らしさを表してみたら、良いかもしれません。

大人も子供も、可愛らしさを感じると、顔が緩みます。
可愛らしさは、表情や振る舞い、言葉などに表れます。

可愛い、と言う言葉は、最近頻繁に使われていますが、
時には、それが適切でない場合もあります。

TVを観ていても、「可愛い」を連発し、
それ以外の言葉が出てこないことが多いのですが、
口癖のようになっているところがあります。

人に対して言う言葉とは限りません。
小物やキャラクターを見て、表現することもあります。

ケーキをみても、その作りが可愛らしいと思うこともあります。

人間に対しては、男性よりも女性に対する言葉として、使うことが多いです。
女性は、可愛らしさがあったほうが好いですね。

可愛らしさは、心のありようで違ってきます。
可愛らしさは、意識して表現するよりも、自然と出てくる方が好ましいです。
子供を見ていると、そう感じます。

子供の表情は、自然であり、作られたものでないことがわかります。
子供の場合は、両親や家庭の環境が、大きく影響します。
そう考えると、日頃の心構えが大事であることが分かります。

どのような状況においても、表情に硬さや翳が出ないことが好ましいのです。

好ましい表情とは、笑顔ばかりとは限りません。
相手の話を、先ずは聞くという心構えでしょうか。

そして、会話の中で自然な笑みが加われば、好ましい姿を演出できます。
自然に出てくるような、心の持ち方が大切なのです。

何時如何なるときも、怒ってばかりいる人は、可愛くありません。

女性は、可愛いほうが好い、と思うのはそんなときです。(笑)
「可愛らしさを身につけること」は、とても大切なことです。
posted by シーサン at 14:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月15日

弾みをつける

何か新たなきっかけを作ると、
それが今後の行動に弾みがつくかもしれません。

スポーツの世界では、一つのプレーが試合の流れを変え、
選手の力が存分に発揮されるきっかけを作ることがあります。

リードオフマンの洗練されたプレーは、チ−ムに勢いを引き寄せ、
弾みをつけて勝利へ突っ走ることがあります。

日常生活においても、一つの行為が脳を刺激し、
新たな考えが次々に浮かんできて、
思考レベルが上がっていくことがあります。

いつも同じ状態で物事を進めているよりも、
時には違う視点て自分の行動を見詰めなおしてみると、
それまで気付かなかった新しいものが見つかることがあります。

新たなきっかけが気持ちを高揚させ、脳が活性化していきます。

考えを深めるに従い、次々に思考が深まり、
一つのきっかけが、今までと異なった方向に大きく展開していきます。

気分が乗ってくれば、行動に弾みがついて、
生活に幅が出来、活力が出てきます。
posted by シーサン at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月12日

才能を発揮する

自らの能力を、今一度しっかり確認することも大事です。

自分自身の才能が何であるかを知っていれば、
それを伸ばす努力をすることが出来ます。

「才能とは、自分自身の力を信じることです。」
と言っても、自らの力を発揮できないでいる人は沢山います。

考えているだけでは、力がどこにあるのか分かりません。

可能性は無限にあるのですから、目標が決まったら、
その上を目指すくらいの情熱を抱いて、挑戦していくことです。

達成が可能と信じればそれが可能になり、
不可能だと思えば達成の可能性が薄れていきます。

達成が可能だと信じて立ち向かうからこそ、本来の力が発揮できるのです。
90%は努力によって成し遂げられるのです。

スポーツ選手でも、自分の力を信じ、練習を積み重ね、
記録に挑戦していきます。

たとえ結果を得られなくても、次に繋がる力を蓄えることが出来ます。
一度の失敗で諦めないことが大事です。
自分の才能を信じて、前へ進む努力を続けることが大事です。
posted by シーサン at 14:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月09日

余裕をもつ

日頃の準備が、気持ちの安定に繋がります。
余裕をもって行動していれば、
突発的なことが発生しても、慌てずにすみます。

時間や気持ちにゆとりを持つことで、考える時間が得られます。
あらかじめ準備をしておけば、後で気付いたことを補いながら、
次に備えることも出来ます。

余裕は、気付いたときに着手しておくことでもたらされるものです。
忙しさにかまけて、後でやろうと考えていると、
そのことを忘れたり、後でまとめてやらざるを得なくなります。

大変だ、忙しい、などと言って時間に追われていると、
大事なことを見過ごしてしまいます。

また、とても大事なことに直面しても、
その本質を理解しないで無視すると、気付くことが遅れます。

気付いたときには、長い時間が過ぎ去っていて、
慌てて取り掛かる事態に陥りかねません。

何が大事で、何が小事かを判断するのは、
感性や直感力に関わってきます。

日頃から感性に磨きをかけ、
物事の本質を見定める目を養っておくことが大事です。

余裕は、その経験の積み重ねの結果得られるものです。

posted by シーサン at 13:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月06日

自己責任を自覚する

責任ある行動を取り、少なくとも他人に迷惑をかけないように、
心がけることが大事です。

自分の行動に責任を取らず、支援してくれないことに、
不満を表明したり、批判することは、避けなければなりません。

権利ばかり主張して、義務を果たさない行為は、極力控えることです。

危険を承知で飛び込んで行き、事件に遭うと、自らの無謀を省みず、
助けてくれないことを責め、対応が悪いと言うのでは、本末転倒です。

治安の悪い地域への訪問や、危険な場所への能力を超えた挑戦などは、
事前の状況判断をきちんと行うべきです。

身近なケースでも、親の保護責任を放棄している姿から、
その無責任さを感じることがあります。

道路や線路などの危険な場所では、
幼児を遊ばせない、一人歩きさせない、道路への飛び出しを防ぐなど、
注意義務を果たすことです。

事故が発生すると、自己責任を果たさないまま、
大騒ぎをしたのでは遅すぎます。

運転者の注意義務違反もありますが、それ以前の問題にも、
目を向けなくてはなりません。

たばこの吸殻ポイ捨て、飲み終わった缶やビンの置き捨てなど、
自己責任を果たさない行為を、頻繁に目にします。

放っておいても、誰かが片付けてくれるだろう、
という気持ちを持つこと事態が間違っているのです。

そのことに気付かないとしたら、倫理的退廃も甚だしいと言わざるを得ません。
一般的に非常識と思われる光景が、街中で散見されます。

余り大袈裟に言うことではないのですが、身近なところで、やるべきこと、
やらなければならないことを、きちんと果たしていくことが大事です。
posted by シーサン at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月03日

煙たがらない

気詰まり状態から抜け出すには、
今までの意識を少し変えてみる必要があるかも知れません。

現役を引退した人が、望まれもしないのにしゃしゃり出て来て、
過去の成功体験を得意げに話すことは、よくある光景です。

会社でそうなら、政治の社会でも頻繁にあり得る話です。

最近アメリカでは、
前大統領夫人が、次期大統領選に立候補するのをPRするためか、
前大統領が公の場に出てきて発言する様子を報道しています。

その行動や発言を、何とか思い止まってもらおうと
現大統領周辺が必死になっている様子など、
微笑ましい光景が見られます。

当事者にとってみれば、どんなに煙たがられようと、
目的を果たすためには、手段を選ばないのは、
どの世界でも同じかもしれません。

身近な人間関係でも、あまり望まれないのに、でしゃばって、
あれこれお節介されるのは迷惑なことがあります。

でも如何でしょうか、そのようにお節介をやいてくれる人がいるから、
厄介なことでも、上手くことが運ばれることが、あったりしませんか。

違うキャラクターの人が集まることで、
何となく全体のバランスが保たれていることもあるので、
一概に邪魔者扱いするのは、短絡過ぎることがあります。

そこは、状況を見極めながら、
柔軟に対処していく交際術も身につけておきたいものです。

さまざまな人がいるから面白い。そんな楽天的な生き方もありますね。
posted by シーサン at 15:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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